たった一曲で、過去に引き戻される夜がある

毎週、土曜日の夜。私と彼は、決まって近くの銭湯に行く。

 

いつからこれが習慣づいたのかは分からない。

 

お酒もタバコもギャンブルもしない彼の唯一のストレス発散法が、いつの間にか土曜日の儀式のようになっていた。

 

一つの場所でじっとするのが苦手な私にとって、熱いお湯の中で何をするでもなく時間を過ごさなければならない銭湯は、一種の苦行のようでもあった。

 

そんな私ですら、交互浴という言葉を覚え、苦手だったお風呂を楽しめるようになるくらいには、二人で銭湯に通い詰めているのである。

 

先週の土曜日も、同じように二人で銭湯に行き「じゃあ、1時間後に集合ね」と言ったのに5分待たされ、いつものコンビニでソーダ味のアイスを買ってから車に乗り込んだ。

 

冷房はつけず、窓を全開にして生ぬるい風を顔全体で受け止める。

 

いつも使っているシャンプーとは違う、少し安っぽい石鹸の匂いが鼻をかすめた。

 

信号につかまり、彼がコードで繋がれた旧型のiPodを片手で操作し、BGMを選ぶ。

 

束の間の静寂のあとに流れるイントロ。

 

瞬間、ずっと頭の中で蓋をしていた記憶がすーっと呼び起こされる感覚がした。

 

 

3年前。季節は同じ夏。

 

就職を機に地元県に帰った彼とは、遠距離を始めて数ヶ月が経っていた。

 

当時、新卒一年目の彼は目の前の仕事で精一杯で、片道3時間かけて会いに行くのはいつも私の役目。

 

それに関して不満はなかったけど、何を配慮してか、初めて彼が高速を飛ばして会いに来てくれることになった。

 

正直、その時二人でどこへ行って何をしたかなんて覚えてないけど

 

ただ、はっきりと覚えている一場面がある。

 

インターの近く、日曜夜のコンビニ前。

エンジンはかけっぱなしで、二人で何気ない会話をかわす。

 

「明日からまた仕事かよー。つらー」

 

小さくため息をつく彼をみて、かける言葉に迷う。

 

「あと30分もすれば、あのインターから高速走ってんのかー」

 

気だるさからか、彼は少し語尾を伸ばす。

 

(もうちょっと一緒に居たい…)

 

一つ、また一つと増えて行く時計の数字をぼーっと眺めながら、子どもみたいなわがままを口に出さないようぐっと堪える。

 

彼が、片手でipodをいじり始めた。

彼が大好きなサカナクションの「エンドレス」が流れ始める。

 

静寂に包まれた車のなかで、力強くも切なく聞こえるピアノのサウンドが耳に届く。

 

彼がサイドブレーキに手をかけ、私が当時住んでいた寮へと窓を全開にして車を走らせた。

 

「また今度、来るから」

 

だんまりを貫く私に、彼が声をかける。

 

(またって、いつだよ…)

 

寂しさからくるどうしようもない苛立ちを必死で抑え、うん、と小さく答えるほかなかった。

 

彼は悪くない。私も悪くない。

ただただ、彼と私を隔てる物理的な距離が邪魔だった。

 

会いたいときに会えず、甘えたいときに甘えれず、一番傍に居てほしいときに彼は隣にいない。

 

「またね」の「また」がこれほどまでに遠く、何よりも待ち遠しく感じる日々。終わりは、まだずっと先だ。

 

曲がサビに差し掛かる。

 

泣くな、泣くな。泣いたら面倒臭い女だぞ、と思うのに瞼の裏がじわりと熱くなる。

 

 

「また、来るから」

 

全開にしていた窓が、下から上へ、ゆっくりと閉められる。

彼は、前をまっすぐ向いたまま、同じ言葉を繰り返した。

 

 

曲の終わりと共に、記憶から現実へと引き戻される。

 

思わず、iPodを手に取り、同じ曲の再生ボタンを押した。

 

「また、同じ曲聴くの?(笑)」

 

呆れたように笑う彼。

 

「なんか、懐かしくて」

 

当時の自分に感情移入したからか、

3年経った今も隣に彼が居てくれる幸せからか、

ただ単に流れている曲の切なさからか、

 

心がぎゅうっと締め付けられるような気がした。

 

彼が全開にしていた窓をゆっくりと閉め、安っぽい石鹸の匂いがまた鼻をかすめる。

 

 

ソーダ味のアイスは、2本ともハズレだった。

 

ライター。1994年 滋賀県生まれ。静岡大学 人文社会科学部 英米文学卒。学生時代に国際交流事業に携わるなかで、スロバキアに興味を持ち、長期留学を決意。その体験記を旅行メディア「REISEN」で執筆し始めたことをきっかけにWEBメディアの魅力を実感。帰国後「IDENTITY名古屋」「UNLEASH」「AMP」で執筆活動を始める。
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